キミが隣りにいる奇跡

          “聖夜を前に”



     2



勿論…というのも微妙な話だが、
イエス様の生まれた日をこそメインに祝いたいブッダ様なので、
前の章で触れたよな、
クリスマスにかこつけて…というよなそれ、
日本の今時の風潮にのっとるつもりは毛頭なく。
25日にこそお祝いをしようと構えておいで。
イエスも勿論のこと、そちらが当日だと思っているので
お祝いをする日程への異存はないようで、

 「じゃあケーキや御馳走は私が用意しておくから。」

イエスはアルバイトが終わったら、
ご挨拶とかあるだろけれど、出来るだけ真っ直ぐ帰っておいでよねと。
ブッダがお留守番に専念し通した イエスのアルバイトの最終日、
つまりは いよいよの当日、25日を迎えてしまい。

 “えっとえっと、
  春雨とコーンとマイタケの揚げ春巻きに、大豆ミートの唐揚げと、
  パスタとゆで卵とキュウリのマヨ和えサラダでしょ。
  クラムチャウダー風 キャベツとシメジがいっぱいのホワイトシチューと。”

ご飯はイエスの好きなさつまいもご飯にして、
箸やすめはカブの薄切りの甘酢漬け…ってところかなと。
ああでも、今日はデザートにケーキもあるのだから、
揚げ物三昧は胸が悪くなるかなぁ。
でも、揚げ春巻きも大豆ミートの唐揚げも、
イエスは両方とも大好きだし、う〜ん…、と。
さすがにお誕生日の献立だけに、
日頃以上に好きなものを一杯並べてあげたいと、
ついつい思ってしまうブッダ様であるらしく。
月末&歳末なので、懐ろ事情も微妙ながら、
先だっての急な原稿依頼で臨時収入もあったことだしと。

 “うん、ケーキはお誕生日用のだよな。”

今年こそ、蓋を開けた瞬間にびっくりさせてやらなきゃねと、
トートバッグを肩に掛けつつ、
そんな可愛らしい企みに、
ほくそ笑みの振りをするブッダ様だったのだけれども。

  …大事なことをひとつ忘れちゃいませんか?
  ああいや、まあね。
  きっと、ペトロさんが上手に働きかけてくれてのこと。
  はたまた、いつぞやの松田さんとの鉢合わせに懲りてのこと。
  せっかくのクリスマスの晩餐へ、
  大天使たちや使徒の皆さんが急襲を掛けるという無粋な事態。
  起きないんじゃないかなと、想いはするんですけれど……む〜ん。(苦笑)






さてとて。

いつもだったら
窓から外を見やっては
“早く宵にならないか”と落ち着かないでいるのは
イエス様の方だのにね。
今宵は、早々と陽が落ちた窓を何度も見やるのがブッダ様で。
キッチンに立ち、春巻きや唐揚げの下ごしらえを進めつつ、
サラダを仕上げたし、
クラムチャウダーは温めればすぐにも食べられるというところまで、
既に進めてもあって。
さつまいもご飯は炊飯器が頑張ってくれている。
後は食べる人が帰って来るだけだのにね。

 “最後の日だからご挨拶とかで長引いているのかなぁ。”

いつもならもうとっくに戻ってる時間なのにな。
ああ、もしかしてクリスマス当日なだけに、
飛び込みでプレゼントを、
しかも大量に包装してほしいというよなお客さんが立て込んでるのかな。

 “……♪”

ああ、早く帰って来ないかなと。
何だかサンタさんを待つ子供か、
いやいや、そんな子供への贈り物、
早く渡したいな、喜んでくれる笑顔が見たいなと
なかなか落ち着けない親御さんのような気分になって待っておれば、

 「ブッダ、ただいま〜♪」

ガッチャとドアが開くと同時、ご陽気なお声が飛び込んで来る。
お気に入りの真っ赤なダウンに短めのマフラー。
よほど寒かったものか、鼻の頭を赤くしていて、
ごそもそとスニーカを脱ぐと
とたとたと上がって来て、六畳間へ直行したほど。

 「寒かったんだね。
  ご飯もうすぐ出来るけど、先に銭湯に行くかい?」
 「う…ん、どうしよっかなぁ。」

体が固まりでもしたものか、
やや億劫そうにダウンを脱いで、足元へ落とすと、
そのままキョロキョロと辺りを見回し始める。
Jr.の腕へ引っかけたバッグや振り返ってコタツの周囲を見回し、
座り込むとそのコタツの天板に手を掛けて浮かしたり。
帰ってそうそうのあまりの落ち着きのなさに、

 「どうしたの?」

シチューの火を落としつつ、探し物?とブッダが訊けば、
いやあの…と言葉を濁してから、
自分の骨張った大きな手を握り合わせるようにしながら
もじもじ見下ろしていたイエスだったが、

 「あ、あのね? あの、ブッダのスマホ、貸してもらえないかな。」
 「スマホ?」

それくらいのことを“えいっ”と力んで言い出すものだから。
いや、そのくらいのことお安い御用だけれどと、
履いていたジーパンのポケットへ手を入れて、
掴み出した薄型モバイルを差し出せば。
慌てたようにどぎまぎと自分の手を出すものだから、

 「どうしたのサ、バッテリー切れかい?」

バイト中は忙しくて、メールもゲームも出来なかろうに。
珍しいねと言いつつ、
それをどうするのか何の気なしに見やっておれば、

 「あー、うっと、あの…。」

まだ何か言い足りないか、
言葉を探すよに視線をキョロキョロと揺らしていたイエスが、

 「あ、そうだ。私、今日はチキンが食べたい気分だな。」

そうだそうだと思い出したような顔になって、
随分と意外なことを言い出した。

 「え? チキン?」
 「うん。今日くらいはね。脂の乗ったのガブリと食べたい。」

目許を細め、うんうんと頷く彼であり。
いいこと思いついたと言わんばかりのいい笑顔だったが、

 「でも、あの私…。」

無為な殺生を認めない信条から、
ずっとベジタリアンで通しているだけじゃあない、
調理という形でも出来るだけ触れないようにしていることくらい、
イエスは重々知っているはずで。
食べたいと言い出したところへわざわざ言いにくいなぁと、
それでも仄めかすように切り出せば、

 「そうだった、調理出来ないんだっけね。」

ああそうそうと思い出し、そのままという何げなさで、
彼が言い足したのが、あまりに素っ気ないお言いよう。
いわく、

 「じゃあ、コンビニかどこかで買って来てよ。」
 「…う、うん。」

これまでだって、
いきなり“あれが食べたい、これが食べたい”と
用意のないものを言い出すことがなかった訳じゃあないけれど。
それはたいがい、CMを観たばかりの他愛のないスナック菓子だったり、
はたまた、すぐにも作れそうなオムライスや茶わん蒸しといった、
ブッダと冷蔵庫の技量の範疇を、ちゃんと把握してのリクエストだったのにね。
食事系の物で、作れないなら買って来いと言われたのは初めてだったので、
もうじき用意も出来ると言ったのに、この強引さは何だろと、
ちょっぴり胸元が嘘寒くなってしまったブッダだったのだけれども、

 「どうしたの?
  今日くらいは我儘言ってもいいでしょう?」

手渡されたままのブッダのスマホを手に、
切れ長の目許をたわめ、
ふふーといつものお顔で無邪気に微笑ったイエスが、

 「だって今日は、私の誕生日なんだし。」

楽しそうにそんな一言を続けたものだから。

 「………いえす?」
 「なぁに?」
 「えっと、あのその、………そうそう。」

お顔を上げたブッダ様、おもむろに、しかも手際よくスマホを取り上げると、

 「あのね、ももくろの中で私が好きな子は誰だったか、覚えてる?」

 「え?」

唐突といや唐突な質問だったが、

 「どうしたの? 今朝も話したじゃない。」

そうと言いつのられて、表情が凍ったようになったイエス、
う〜んとう〜んととちょっと考え込んでから、

 「は、はるかちゃん、かな?」

そんな名前を持ち出したのへ、

 「そんな子いたっけ?」

言い返せば、

 「あ〜、えっと。ほらあの、私は関心がないことだけに、その。」

視線を泳がせまくりつつ、冷や汗まで浮き出したヨシュア様であり。
それでも許さず、何か言うのをじいと見つめて待っておれば、
どんどんと重さを増す、微妙な空気が張り詰めて。
問い詰められた格好のイエスが、
何とも居心地悪そうに口元を引きつらせたその時だ。

 「ブッダ、ただいまーvv」

まるでほんのちょっと前の情景をまんまリピートしたかのように、
やはり長髪痩躯のお兄さんが、
それは朗らかなご挨拶と共に、
玄関ドアを開いて入って来たではないか。
まずは正面に立っていた愛しの同居人様へ、
満面の笑みを向けた彼だったが、

 「…? どうしたの?そんな顔して…って、え…?」

まずは流し台の前に立ってたブッダに話しかけ、
そんな愛しき人が見やる方を自分も見やって…
え?と その表情が一瞬固まる。

 「何でそんなところに鏡があるの?
  …っていうか、ブッダが写ってないのはおかしいよね。」

片手を挙げれば向こうも挙げる。
笑顔で手を振れば相手も振って見せる。
その手を下げた…振りをして途中で止めて元の高さに戻せば、

 「わ、あ…っと。////////」

最初から部屋にいたほうのイエスが遅れて同じポーズを取ったものの、

 「……ブッダ、この人。」
 「そうだよ、イエス。鏡じゃあないんだ。」

 そういや冠もちょっと違うよね。
 そうそう、君のは茨なのに、向こうの人のは蔓バラだしね。
 第一、私まだジャケット着ているものね。
 そうだよねぇ。

そんな風にこそこそと囁き合いつつ、
怪しいなぁと、意を合わせて見やっておれば、

 「うう〜〜〜っ。////////」

もはや正体は暴露されたと思ったか、
真っ赤になって震えたそのまま、
ぽぽんっと淡い煙が立ったその中から、
ずるりと長くて太い尾が現れる。
うろこをまとい、
濡れたような光沢をたたえたその尾は、正しく蛇の胴のよう。
…と来れば、

 「…マーラ、一体どういうつもりでこんな悪戯を?」
 「うわわ、今のって幻覚だったの?」

セーターにジーパンといういで立ちも、
イエスとまるきり同じだったはずが。
今そこに立っているというか、トグロを巻いているのは、
半裸に金属のアクセサリという、
時折ちょいちょいお目にかかっているお馴染みの姿、
仏門世界の悪魔…なはずの、
煩悩の象徴、マーラさんではないでしょか。

 「一体どういうつもりですか、マーラ。」

わざわざイエスの姿に身をやつすだなんて、
自身の姿で来れば拒否されるから…というだけではない、
何かしらの思惑があるとしか思えずで。
そこをはっきりさせんとしてだろう、
毅然とした表情で相対そうとするブッダなのへ、

 「う…。」

もう後がないというよな、追い詰められたお顔でいた魔王さん。
見るからに気弱そうな表情をおどおどと落ち着きなく揺らしていたが、

 「へっ、へへへ、へんだ。
  な、何もな、
  俺だって用がなくたって出向いて来ることだってあらぁな。」

相当に焦っているようで、日本語がおかしい。
正体が明かされたことにか、
それとも中途半端な変身が見破られたことが今更恥ずかしいのか、
真っ赤になってあわあわと言いつのる彼で、

 「お、おおお前ってば、
  そっちのイエスには甘いらしいって話を、
  ちょっと小耳に挟んだもんでな。」

戒律厳しい仏門の始祖が訊いて呆れる、
異教徒だからったって、言いなりはないんじゃねぇか?などと
他でもない先程の会話を引いて来ての
言い掛かりをつけんとするものだから、

 「な…っ。」

そんな言い方で愚弄しますかと、
熱(いき)り立ちかかったブッダより先んじて、
激しくお怒りになった方がいたようで。

 「…言いなりっていうのは、何の話でしょうか。」

すうっと室内の明るさが落ちたような気がしたそのまま、
背条が凍りそうなほど、単調にして低い声がし。
え? 何?誰?と、
マーラのみならずブッダ様まで視線をあちこちへ移しかけたものの、

 「答えなさい、マーラよ。
  ブッダをどう言いなりにしたというのですか。」

 「おおうっ。」

厳かな声と共に、まとまりの悪いイエスの黒髪の上へ、
きゅいんっという音が立ったような勢いで
聖なる光が輪になって宿りかかったものだから、

 「あ、わ、イエスそれは辞めたげて。」

私自身が成敗しないと消えない存在ではあれど、
魔王であるからか聖なる光にてきめん弱っちゃう彼なのでと、
ブッダが庇い立てするのも妙な話であり。
そして、そうまで構われたことがどう響いたか。

 「…っ、うるさいなっ、
  俺はそんなもん恐ろしくも何ともないんだよっ!」

何ともないと言いながらも、
妙に涙目なものだから、あんまり説得力はないような。

 「せっかく来てやったのに、何だおまえら、その態度はよっ。
  せ、せいぜい二人だけで盛り上がってろよなっ。」

大体、お前、異教徒にそんな甘いってどうなんだよっ、
同門の俺にはずっとずっと冷たいくせに、バカやろっ、と。
言いたい放題をするだけして、
がささっと亜空間へ姿を消してしまった、魔王なはずの彼だったりし。

 「…えっとぉ。」
 「な、なんか泣かしちゃったかな。」

確かにむっと来て立ち向かっちゃったけど、それってやりすぎだったかなと。
今になって反省のイエス様だったりもして。
ブッダの側も、結局、何をしに来た彼かは判らずじまいで、

 「ブッダ、それ。」
 「え? あ、うん。」

キッチンに立ってたというのに、その手にはスマホ。
アイテムが間違ってないかいと小首を傾げたイエスへ、
先程、イエスに成り済ましたマーラが何をして見せたかを語ったところ、

 「それってもしかして、彼、
  君のメアドをうっかり消すかどうかしちゃったんじゃないのかな。」

 「え?」

ほら、彼って最新式の携帯やスマホに目がないって、
しょっちゅう機種交換してるって言ってたじゃないと。
そのお陰で、携帯からスマホへと乗り換えられた事を
思い出したらしいイエスが言うに、

 「その折に、うっかりと君のメアドを消しちゃったか、
  移し損じたかしちゃってサ。
  しょうがないなぁってことで、
  直接訊きに来たか、
  それともそこから自分宛に空メールを転送しようと思ったか。」

 「あ…。」

そういえば、此処へと上がって来たその時から、
ブッダにはあまり関心を示さぬままだった彼でもあって。
最初はイエスだと疑いもしなかったので、
自宅へ戻って来たのだ、伸び伸びと好き勝手をしても奇異ではないが。
あれもマーラだったと思えば、
順番が微妙におかしい行動だったわけで。

 「…メアドをねぇ。」

如来を入滅させんとした魔王がと思えば、
何とも可愛いことじゃああるが。

 「そんなの、彼の不注意なんだろに。///////」

無理から奪ってくつもりだったのならば、
やっぱり追い返して正解だったよと、
ここはきっぱりと にべもなく言い放つ始末。
たとい慈愛の如来様でも
相容れたくはないものはあるということで。

 “うん、まあ…魔王ではねぇ。”

やりようは子供みたいに拙くとも、
他人のものを強奪しようとしたには違いないのだと。
ふいとそっぽを向くブッダ自身が、イエスには何とも可愛くて。

 「ぶっだvv」
 「〜〜〜なに?」

まだちょっと、
恐らくは…大人げないことが自分でも重々判っているがための不機嫌に
ちょいと尖ってしまった感のある、愛する如来様へ向け、

  そんな顔しないで、せっかくの宵なのに、と

手を延べて頬をそおと撫でてあげるイエスであり。
指先がひんやりした、乾いた手のひらの感触に、
ひやっと身がすくみかかり、
だがだがそれで“ああ”と意識の硬化も何とか和らいで来て。

 「うん。ごめんなさい。」

そこは素直に謝ったブッダだったのへ、
口許をお髭ごと弧にたわめて、ふふーと微笑いつつ。
それでこそだよとのお褒めと一緒に、
柔らかな頬へキスを送って差し上げたイエス様だった。






   to be continued.(もちょっと続く)



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  *あ、しまった。
   肝心な盛り上がりまで至れなかったよん。
   仕上げはクリスマス・アフターになりそうだけど、どうかご容赦。


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